僕も、最初は桃山陶に惹かれました。しかし桃山陶が突然登場したわけではなく、その頂点に向けて前段階があったはずで、そこを自分はやっていこうと思いました。まず須恵器の窯、鎌倉・室町時代の窖窯はどうなっていたんだろうか。考古学の発掘資料を読み、いまの窯をつくったわけです。
分焔柱本来はいれなきゃならないんですが、大きな彫刻の仕事をするために、省いています。そこで分焔柱の代わりになるような作品をつくり、火前のところに据えています。
窯焚きは二週間、天候などによっては20日近く。最終的には1,400度という桁違いの高火度になるが、そこに至までは長い時間が必要だ。
地面が焼けないと温度が上がらないということは、やっていればよくわかることです。半地下のこの窯は地下に熱が吸収されていくので一面効率は悪いが、逆にその間に灰が溜って器物をゆっくり熟成させることになります。
荒川豊蔵と加藤唐九郎を除けば、現代の陶芸家が窖窯を使うようになったのは、昭和30年代である。以来、薪を投じる焚き口に近いところ(火前)に置かれた作品が最もよく焼け、焚き口から離れるにつれて焼きにくくなるのが常識とされてきた。焚き口から一番遠い煙道附近では1,000度を越えないため、素焼き程度にしかならない。だが、坂爪の窯はその逆だという。
煙道の方が、温度は高い。それどころか上がりすぎて、この辺りに置かれたものは溶けすぎて作品として出すことができません。煙道附近をどうおさえるかというのが、いまの最大の課題です。火を止める寸前、焚き口の辺りが1,370度くらい、煙道付近は1,400度まで上がっています。
後ろの温度が上がらないというのは、僕には考えられないことです。ロウソクの炎は、一番外側が温度が高く、芯のまわりは温度が低いんです。ロウソクの炎を寝かせた状態で焼いたのが昔の窯でしょう。炎の形に合わせて膨らみ、先は絞っている。そこが一番温度が高い。それは自然な形だと思います。
焼き切るという言葉と対極のようだが、坂爪の作品は湿り気をもった焼締だ。
焼き方と並んで大切なのは、土です。僕は、伊賀の土を使っていますが、16年ほど前にこの土を使い始めたときは、誰も使っていませんでした。耐火度が高くて、焼けっこないと思われていましたが、この窯だから焼けるんでしょうね。
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